*きれいなひと*



にいさん。

わたしはきれいなものがすきです。






「慎二。この子の名前は桜。今日から間桐の娘になった。覚えておきなさい」
新しいお父さんは、ひとりの男の子の前に私を連れて行って、そう言った。

男の子はおねえちゃん(もうおねえちゃんじゃ無いけど)と同じくらいの背の子で、
くるくるした髪の毛が、お人形さんみたいできれい。

「……おまえ、いくつ」
男の子はわたしをにらみながら聞いてきた。ちょっとびくっとする。怒ってるみたい。
「ごさい。です」
こわいけど、なんとか声が出た。おねえちゃんがみたら『さくら、もっとしっかりしなさいっ』て
言うとおもう。男の子は「ふうん」ってつまんなそうに言った。

「じゃあ、おまえはぼくのいもうとだな」
いもうと。
じゃあ、おにいちゃんってよぶのかな。
「はい。おにいちゃん」

言ったら、おにいちゃんは目をまるくして、怒ったみたいな顔で部屋から出て行っちゃった。
「放っておけ」
新しいお父さんはつまらなそうに言うと、私の手を掴んで引っ張った。

「おまえの部屋は地下にある。アレとお前が会うことも、もう無いだろう」



遠坂のお父さんおねえちゃん。
いま会ったばかりのおにいちゃん。

さようなら。





きちきちきち。

ずるり。ずるり。

ぱき。

ごめんなさい。

「さすが遠坂の血統。優秀じゃの」
「………………」
「このまま育てば肉にも胎盤にも、もしかしたら器にもすることが出来ようぞ」
「………………」


きちきちきち。

きちきちきち。




「一ヶ月よく耐えた。ここがお前の表の部屋だ。回復するまで休むが良い。次はもっと辛いぞ」
お父様(そう呼びなさいと言われた)にだっこされて、ベッドの上に寝かされた。

体中が痛くて、痛すぎて痛いのが判らない。
寝返りをうとうとしても、身体が全然動かない。いたい。

おねえちゃん。
前に悪い子は必ず痛い目みるって言ってたね。

わたしは悪い子です。

だって

こんな痛い目にあってるもん。





「慎二。覚えて居るな」
「……桜」
「そうだ。来月から学校に行くことになった。面倒見てやれ」
「…………」
一年ぶりに見たおにいちゃんは、やっぱりくるくる巻き毛がお人形さんみたいにきれい。


「これは桜。お前とおなじ名前の木だ」
「さくら」
「咲いてすぐちっちゃうんだ。よわっちい花」
「でも、きれいね」
「………ふん」

おにいちゃんは、私の前をずんずん歩く。わたしはよろよろしながら歩く。
お腹が痛い。
足が痛い。
手が痛い
目が痛い。
お兄ちゃんは私のことなんか見ないで歩く。どんどん姿が遠くなる。痛い。いたい。イタイ。

「なにしてんだよっ」
おにいちゃんが戻ってきた。怒ってる。どうしよう。
「………なんだよ。さっさと歩け。父様に面倒見るように言われてるんだから」
そういうと、おにいちゃんは私の手を引っ張って立ち上がらせて、そのまま歩き出す。
「あっあっ」
痛い。おにいちゃん。
「歩けよ。お前をおぶるのなんか嫌だからな」

ごめんなさい。歩きます。だから、もっとゆっくりあるいて…おにいちゃんは、わたしの手を掴んだ
まま、ゆっくりと歩きだした。

「ちぇ。入学式ちこくだ」
桜の花びらといっしょに遠く鐘の音がする。

おにいちゃんの手は白くてすべすべしてて、柔らかくて暖かかった。






「間桐さん。一緒に遊ばないの?」
先生が困った顔で聞いてきた。黙って頷く。

「でもみんな校庭にいるのよ。教室で一人なんて、つまらなくない?」
先生はそういうけど、私は一人の方が好き。
みんなキラキラしてて綺麗だから、私が混じると汚れてしまう。

地下室で汚泥と共にはいずる蟲が、皆や先生を汚してしまう。
だから、一人が良いんです。

先生は俯いたままの私に溜息をつくと、教室から出て行った。


私は窓に近づいて、校庭を眺める。
みんな、キラキラしてて綺麗だから。

私は綺麗なものを観るのが好きだから。


きらり。と。
その人が目に飛び込んできた。

バスケットボールでサッカーをしている。
他の子に比べてちっちゃな身体が、校庭を駆け巡っている。
バスケットボールは跳ねながらも、彼の足元から離れない。
あ。駄目です兄さん。服を掴むのは反則です。
ゴール。
ああざんねん。
サッカーボールなら、ちゃんと入ったかもしれない。

兄さんは、キラキラした人たちの中に入っても。

誰も汚したりしないのね。




兄さんの髪は、小さい頃のくるくる巻き毛からふわふわな癖毛に最近変わってきた。
前のくるくる巻き毛は綺麗だったけど、男らしくなってきた兄さんにはちょっと甘いから、これはこれ で良いと思う。




「桜。来い」
この家にきて五年以上が過ぎたけど。兄さんに呼ばれたのは初めてだった。

「衛宮。こいつ妹」
珍しく電気の点けられた居間に、その人はいた。
「あ…衛宮士郎です。初めまして」

私は余所の人がこの家に居るのに驚いて、しかもそれがこの人で。驚きすぎて呼吸を忘れた。

私。この人知ってる。
この間の放課後、校庭で棒高跳びしてたひとだ。

全然届かない高さのバーを、意味も無く挑戦してた人。
絶対ムリなことに挑戦し続けていた人。
この人を観る為に、放課後残っていた訳ではなかった。
ずっとずっと夢見ていた、坂の上のまほうつかいを見たくて残っていたはずなのに。

この人が。みっともなくて綺麗過ぎて、私はあの日、この人しか目に映せなかった。


「……………」
「おい桜。自己紹介しろ」
兄さんの声にびくっとする。引っ掛かりそうになる喉をなんとかこらえて声を出した。
「…まとう、さくらです」
「あ、どうも…」
「こいつ、どうしようもない愚図でさ。嫌になるよ。ああ桜、もう行って良い」

そう言うと、兄さんは犬でも追い払うかのように手を振った。私は居間から出て行く。
どうせこれから部屋に還らねばならない。

ドアを閉めるとき、何気なく振り返って、私はもう一度呼吸が止まった。



兄さんが普通に笑ってた。



どうしよう。


どうしよう。



それは、とても綺麗な笑顔だった。







私はそれ以来、たまにある衛宮先輩の来る日が待ち遠しくてならなかった。

兄さんが笑う。

兄さんが笑顔を見せる。

私にはいつも怒った様な顔をして、一度も見せたことが無い笑顔。

綺麗な笑顔。


私は綺麗なものが好きだから。
いつも綺麗なものを見ていたいから。
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